ベナンの歴史

ベナン共和国の略歴をまとめました。

Danhomé (今のAbomey), Xogbonou (今のPorto-Novo), Allada, Nikki, Kouandé, Kandiなどの諸王国が繁栄。
17世紀イギリス, デンマーク, ポルトガル, フランスによって管理された”Côte des esclaves(奴隷海岸)”での貿易により諸王国が発展。
1704フランスによるOuidahでの港建設が許可される。
1807奴隷貿易が廃止。その後、アブラヤシ貿易が発展。
1863最初のフランス保護領が、Porto-NovoのToffa王との間に設立。
AbomeyのGlèlè王がフランス人のCotonou定住を承認。
1894フランスがDahomeyを植民地化。 Dahomeyの名は最も影響力のあるDanhoméから。王はBéhanzin。
195812月4日に独立宣言。
19608月1日にダホメ共和国として独立。
11月に新憲法制定。
12月11日に総選挙開催。
民主化の第1波。
(ここから12年間の政治的不安定の時代)
(”, アフリカの病気の子供”と呼ばれる。)
1963Christophe Sogloによる軍事クーデター。
(この後, 5度の軍事クーデターが発生。)
10月28日に、民主的に選ばれた”独立の父”Hubert MAGAをChristophe Sogloが転覆。
1964Sourou Migan Apithyが共和国大統領に、Justin Ahomadégbéが首相兼副大統領に就任。
1月5日に国民投票により新憲法が採択。
196512月1日に、軍が政府を強制辞任させる。
12月22日にChristophe Sogloが事実上の大統領になるが、次々に転覆。
19685月に大統領選挙が組織される。
7月17日にÉmile Derlin Zinsouを大統領においた傀儡政権が発足。
12月12日にMaurice Kouandété大佐がÉmile Derlin Zinsouを政権から追放。
19705月に軍が政治から撤退。
Hubert MAGA, Sourou Migan Apithy, Justin Ahomadégbéの3名による、新しい形の政府が発足。(1972年5月までHubert MAGA, その後Justin Ahomadégbéに引継ぎ。)
197210月26日に軍の大隊長Mathieu Kérékouが実権を掌握。
(ここから軍事マルクス主義時代)
1975国名をダホメ共和国からベナン人民共和国に変更。
マルクス・レーニン主義志向を宣言。
198912月6日に社会主義を放棄、国民議会を招集。
(ここから民主的再生の時代)
19902月19日から28日に国民議会により、民主化が導入、Mathieu Kérékou将軍を補佐する首相としてNicéphore Sogloを任命。
国名をベナン共和国に変更。
12月11日に国民投票により新憲法が公布。
民主化の第2波。
新しい一院制国民議会が4年制となる。
大統領選挙で、Nicéphore SogloがMathieu Kérékouに勝利。
1996Mathieu Kérékouが勝利。
2001Mathieu Kérékouが再選。
20063月5日に選挙が開催。
Boni Yayiが大統領に就任。
2011Boni Yayiが5年の任期で再選。
20163月にPatrice TALONが大統領に就任。

ベナン政府HP| https://www.gouv.bj/benin/histoire/

ベナン共和国データ|外務省| https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/benin/data.html

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